会報特集号の発刊にあたって
YYウェーブ21会長 川崎國男
井上市政7年に入っています。巷では、四日市は変わった、いや何が変わったか、市政に関する市民の声を耳にします。井上市長は、就任当初から市の健全財政基盤の構築を目指し、市政総てを見直して無駄を省き、清楚で効率的な市政運営を計って、構造の改革にも取り組んでまいりました。
厳しい財政の現状の中にあっても、30年余続いた好景気の余波はなかなか根強く、この好景気に慣らされた人の意識を変えるまでには大変な障害もあっただろうと思います。現在では、努力の結果、市長の思いが浸透して、財政の苦しい時の対応も理解されてきたように感じられます。私はこのような時、何時も思い出す事があります。戦後昭和20年から昭和30年まで国民は欠乏感・飢餓があって、これが戦後の復興に大きなエネルギーとなり、昭和39年世界94ヶ国を集めた東京オリンピックを成功させ、東海道新幹線を走らせるに至りました。意識を変えるきっかけは苦しい時から始まります。
井上市長は市政総ての基盤作りに努力を重ねてまいりました。新しい施設・建屋等のような目に見えるものでは無いだけに、一般市民も実感としてなかなか理解出来ない所もあろうかと思いますが、基盤がしっかり出来れば次なる流れは自然に生まれてまいります。
そこで、7年間の市政を検証し、井上市長がどのような思いと目標をどこにおいて行財政の改革をしてきたかを、会報特集号を発刊して皆様に開示する事にしました。既に市の広報、市議会答弁等で公表されたものに基づいて、会員が執筆編集しました。皆様よくご存じのことですが、復習のつもりでご解読頂けるものと思います。
今後ともに一層のご理解とご支援を賜りますようお願い致します。
ハードからソフトへ! まちづくり総論
文化祭行事とまちづくり
市政十大ニュースから
マニフェスト(政権公約)
海上アクセス顛末記
「もう総論ではすまされない」との社説を読んで
市民分権ってなあに?
防災とマスコミの報道
ごみ減量とステークホルダー会議
30人学級は実現できるか
負の遺産について
住み続けたくなるまち
行革一本槍でよいのか 行政評価システムつくり
市の予算編成方式
意識改革 競輪のナゾ解き
市立病院の6人部屋 アメニティの追求
プライマリーバランス 公共事業と行革
人件費について
合併の話ってわかる?
駅前商店街はどうなるの?
ハードからソフトへの転換、まちづくり事業も従来のハード事業が中心のものから、ソフト事業に軸足が移る時代に入った観がある。毎年末発表される四日市市の十大ニュースも、ハコモノ完成とか道路開通といったものから、新しいシステムの導入といった従来の常識からみるとオヤッと思う内容のものが目につくようになった。公共事業予算の削減とか、社会は少子高齢化の進行から当然の流れといえばそうかもしれないが。
そして今なお時代の激変のとき、10年先20年先の社会像や都市像がみえないとの悲鳴も聞こえてくる。年金問題が連日のマスコミをにぎわしているのも、将来の不安が大きな問題であることを表しているのだろう。こうした流れの中で、四日市のまちづくりの将来展望をのぞいてみよう。
市は平成16年から向こう3ヶ年のまちづくり推進事業について、予算編成への議論の中で、やはりソフト事業の姿が大きく浮かび上がってきている。議会に示されたタタキ台と称するものをみると、防災事業(ソフトも含め)等強くて安全なまちづくり思考がみられる。そして高齢社会に入り医療福祉への配慮は、これもソフトを含め、パックにした安心できるまちづくりへの考えが。そして子供達への教育についてもソフト事業面での改革意欲が強くみられる。
少し詳しくふれてみると、NHKテレビでも放映され話題をまいたが、泡消火剤を大量一気散布する放射砲をわざわざ米国より輸入してまでの姿勢から、苫小牧市への現地調査から市内タンク審査まで、一連のすばやい対策が市民に注目された。
そして、市立病院は緊急医療棟を完成させ、夜間、土日の救急医療体制の整備充実をはかり、さらに入院患者の快適入院環境への整備も模索していると聞く。
そして、市内小中学校(公立)では学校改修もPFI事業で進捗をはかる一方で、30人学級の実現に向けて、予算手当の配慮もあってか、通学区規制の見直しから学校指定の規制緩和(学校選択制)まで議論がされていると聞く。
このような事業の流れはハードからソフト重視への流れと言うと言いすぎであろうか。
実際、少子高齢化の進展の後にくるものは何かと言えば、人口減少である。このことは誰も否定しないが、ともするとこれを話題にしたくないと思うからか、マスコミも住民も口に出さない。しかし2008年から日本は人口減時代に入ると言われ、そうなると従来のハード事業重視は大きな矛盾となろう。高速道路が開通したとか、巨大な施設やハコモノといわれるものが次々と竣工したというニュースは珍しくなり、かえって住み易いまちづくりや安全安心なまちづくりを伝えるニュースが主流となろう。四日市市もしかりである。
となると当然ながら、大きな役所からスリムにしてコンパクトな役所になっていくのではないか。必要な範囲内での。このことから行財政改革も急がれよう。
残暑まことに厳しかった本年9月、四日市市文化会館で第9回みえ県民文化祭「演劇の集いinよっかいち」のイベントとして市民演劇「萬古不易」が上演された。
演劇を通して、地域の歴史や文化を見つめ、地域の活性化に役立てたいとの想いは、四日市の地場産業に焦点をあてた「萬古不易−土燃ゆ」の上演となり、大変すばらしい結果が出た。山中忠左衛門さんが、水害によって困窮した村人を救うため、私財を投げうって、森有節の万古焼きの研究を行い、村人らに職を与え、時代の救世主となった明治初期の物語が、その内容だが、市民の皆さんが一生懸命稽古に励み、多くの観客に感動を与えたその意義はまことに大である。
考えてみると、四日市はいま時代の転換期の真っ只中にある。石油化学の日本で最初のコンビナートで栄えたまちであり、またその負の遺産といわれた大気汚染を経験して多大な犠牲も払ったが、これを克服して繁栄してきた。そしていま、産業の縮減という日本全体の現象の真っ只中に四日市の産業もまた直面して、新しい脱出口を必死に探しているのも四日市である。本年4月内閣より構造改革特区の認定を受けたのもその一つである。
市民による演劇で、その題目に偉大な先駆者の事業が取り上げられたことは誠にすばらしい。しかしこのような時代の先駆者は、四日市には、港の稲葉三右衛門さんや紡績の伊藤小左衛門さん(東洋紡創業者)もいる。
演劇といえば、今年は全国高校演劇大会に東海地区優勝の四日市西高校が出場した。さらに今夏には、四日市出身の映画監督瀬木直貴氏が、市民ボランティアも巻き込んでのオール四日市ロケになる「いずれの森か青き海」という映画も製作・上映された。この映画は、四日市臨海部を中心にすべて市内の場所、即ち、コンビナートのプラントや高い煙突、諏訪神社での大入道の演技、さらに関西線の鉄道や市民参加の模様などをからませて、女子高校生の心の風物詩を描き出している。ドラマの中で私たちの今日のまちが大きく写し出され、多くの市民の鑑賞となった。四日市の文化も捨てたもんではない。
市民活動は、公園管理やごみ減量運動、そしてあらゆる文化活動やさらにはまちづくり参加活動等、すべてが活発となって、行政も呼応するかたちで、ハード事業に限らず、諸々のソフト事業での財政支援をする中で、市民が生活するまちが出来あがるのではないか。
市内には、減反政策などによって、休耕田や耕作放棄地が多く目につく。このへんで、これら遊休農地に市民活動が組み込まれてのまちづくり運動が起こってきても不思議でないと思われる。
EM菌を活用しての河川浄化運動も次第に目につくようになってきた。そろそろ成果があらわれるときかも。
市が毎年発表している十大ニュースがある。これを過去10年とか20年振り返って見てみると、ハコモノ行政一覧の観がある。平成の時代だけたぐり寄せてみると、
元年 工業高校跡地建設始まる。
2年 市総合会館オープン
3年 四日市勤労者総合福祉センター、
労働福祉会館オープン
4年 ICETT(国際環境技術移転センター)竣工
5年 博物館竣工
6年 泗翠庵オープン
7年 四日市ドーム着工
8年 本町プラザ完成
9年 ドーム竣工
10年 ばんこの里開館オープン
11年 塩浜のヘルスプラザオープン、ポートビル竣工
と続く。問題はどれだけ活用され、まちづくりに有効な働きをしているかである。何故ならば、その建設コストは延べ払いローンで、今も負担となっているばかりか、毎年その運営経費も相当なものであるから。
今日、少子・高齢社会は誰も否定せず、その度合いも年々増していることから、年金問題や近い将来のわが国の経営不安も消失していない。このようなとき、地方自治体の将来も、過去のハコモノ建設のツケが重くのしかかることがあってはならないからであえる。
本当に必要なものを、必要ぎりぎりで我慢していくことも、また大切である。それより、ソフト面での住民に必要な面を重視されねばならないからである。
最近四日市市内に「生活バス」と呼ばれる風変わりなバスの運行が実現して話題をさらっている。近鉄霞ヶ浦駅より一番のバスは朝9時に出る。三重交通より借りた小型乗合バスに、やはり同社従業員の運転手さんがハンドル握って、終点の富田山城線にあるサンシ大矢知店まで約30分間の運行である。運賃は片道均一100円で、途中の停車地とその運行経路が従来のものと一風変わっている。じぐざぐ運転やあともどり運転を思わせる経路で、停車地も郵便局前やパン屋、美容室さんの前とか、さらに内科医院、歯科医院やクリニック前である。どうしてこんなバスが走っているのは、一度乗ってみれば、その秘密はすべてわかる。
赤字路線が廃線となる。「けしからん反対である」「行政の責任で走らせて欲しい」。でも、税金で特定区域を走らせるのですか。そこで誰が廃線で困るのかが問題となる。「友人が困ると言っているので私も困る」と言う。これでは本当に困るのである。この原点から話し合いをすすめて地域の人たちが団体を作り、停車して欲しい人から協力金を募り、バス会社と交渉してバスと運転手を借り受け、行政からも一部支援金を貰って、有料で、堂々と1日5往復半運行しているのです。
四日市市民の力はすごいですよ。一度是非とも乗って下さい!
先の衆議院の国会議員選挙では、与党も野党も公約をかかげて激しい選挙がくりひろげられた。しかし今回は、公約が何故かマニフェストという言葉で、ずいぶんにぎやかに報道された。曰く、マニフェストとは具体的政策内容を、達成する時期と、それに要する財源も明記して、約束するものだと。ところが年金問題はどうするのかが最大の関心事項と言われながら、各政党間で本当に実現可能な内容でマニフェストされたのであろうか。
自治体を預かる首長も、マニフェストは重大な事柄である。本年4月の統一地方選挙でも知事候補の中にはマニフェストを発表した人もいた。この「公約」が「マニフェスト」に変わった理由なり背景に何があったのか。
選挙のときだけの空約束という言葉はこれまでよく使われた。それはどうしてだろうか。内容が具体性をすこぶる欠いている、何時までに実現するとの限定も無い、それに実現の為の予算の捻出根拠も示されないことからであろう。今回、この中身が伴わないものはマニフェストとして認めませんよ、との意味が込められているようだ。
ところでマニフェストの本当の意味はというと、約束即ち契約なんだ、と新聞の解説欄に書いてある。では実現しないときは契約違反となる。
このマニフェストの内容で、表示困難で実現も見込めるかどうか不安が残り、しかも選挙民からみると大変に重要な事項として、財政の建て直しの問題がある。とかく景気を良くするとか地域経済活性化は公約されるが、財政健全化も今日では重要なことである。しかしこれを具体的に表現するとなると、今の状況がどこまで悪く、これを何年間にどこまで良くするか、そしてそのために歳出カットなどの財源措置をどんな方法で採用して実施するのか、その間に他の歳出項目をどうするかも当然付記しなければならない。このマニフェストほど困難なものはないかもしれない。しかし実はこの財政運営のマニフェストがすべての約束事の最初の事項ではないか。
反論もありえよう。そんなことは公約にいれるべきでない。当然に健全運営されるものだから。或いはそもそも行政運営は法律でルールが決められていて必要がないとか、国会や議会という監視機関があるから心配はしなくてよいのだと。はたしてそうであろうか。
伊勢湾常滑市沖に2005年2月開港される中部国際空港へ四日市港からの定期乗合船の海上アクセス事業は、9月末断念された。これは3回目の民間事業者募集に応募が無かったためで、この時点で、もはや開港までに準備することが時間切れとなったことを意味する。運行事業が陸路のアクセス(バス・電車・自動車)との対抗上から採算が採れるか否かは最大の課題の一つであり、民間事業者もこの点のハードルが高かったのでは、との憶測もなされた。
一方、四日市市にとっては、市内の港から20数キロの直線距離であり、空港への海路による接続は利便性も増し、かつ国際交流の観点からも望ましい事業であるが、この時代に、これを第三セクター方式(準官営)で実施となると税金の使い方で批判を招くことから、民間事業者の募集にならざるを得なかったことはやむをえない。当初、県と市の共同支援事業との観点から募集し、その2回目で応募業者が現れた。しかしその後この事業者も辞退し、遂に市単独支援事業の募集に踏み切ったが応募なく断念に至ったものである。
社会経済環境が低迷しており、民間事業者及び金融機関に新規事業に取り組む余力が期待出来ず、市が提示した募集条件で事業化の見込みが容易に立てられなかったものと思われ、誠に残念な結果となった。
しかし、今後、経済情勢の変化、さらに開港後のニーズの変化等によっては、また検討の余地も出てくるのではないか。
そもそも、この事業は常滑市沖に新しい空港が出来ることが決まったとき、三重県側からの海上アクセス事業は四日市市のみならず、津、松阪、鳥羽と名乗りをあげた。そして三重県も共同事業者として関与することとなり、一応の事業形態の取り決めがなされ、この基本線によっての事業案となった。そして津市が最終で残る形となった。
しかし、四日市市にとっては、至近距離で、港もあり、港内遊覧船のいなばIIも運行させており、今後(開港後)も検討すべしとの市民の声も出るかも。また、航空貨物、即ち物流のアクセスは、民間でこれから真剣に検討される気配にもある。
日刊紙の社説で、郵政事業のあり方について、こんな見出しが目に止まった。国民はその改革が必要なことは十分わかっている。しかし民営化がよいのか、それとも経営改善がよいのかは意見が政党の間で分かれている。小口の配送や金融分野での競争を促す面や、利用が一層安価で良質のサービスが受けられるためには、どちらの道が良いのか議論は絶対に必要だ。しかしともすれば、延々とこの議論が続く状態が、あらゆる日本の再生のための改革論議に共通していないだろうか。とりわけ役所と言われるところでは。
規制緩和や規制撤廃の議論がその典型であろう。構造改革特区で漸く突破口が開かれたと言われるが、最近の新聞記事には以下の記事があった。
藤原町では、幼稚園と保育園の一体的運営をするために、国の構造改革特区制度でその特区申請を出した。
幼稚園は文部科学省、保育園は厚生労働省と、その管轄が分かれ施設目的も異なるため、双方の園児が一緒に活動することは認められていない。併設されて合同活動が実現すれば互いの長所や効率が発揮されるところから、保護者側も歓迎とのことだが、どうして特区申請による特区認定でないとだめなのかと思われる人は多い。
ところで厚生労働省は、このたびこれまでの規制を改める旨マスコミに発表した。これによると国の補助を受けて保育所を建設した場合、10年以内に他の施設(例えば幼稚園)に転用すると補助金の返還を求めていたが、幼稚園への転用に限って返還なしに転用を認めることとなった。
今話題となっている国と地方のあり方をめぐって三位一体論が盛んに議論されているが、これによると保育所と幼稚園を一体化する幼保一体化が焦点になっていて、2006年度にも一体化した新しいタイプの施設を設置する方針を打ち出した。今回の規制緩和は一元化の際にネックとなり得る要件を取り除く形となったと記事は書かれる。
そんなに難しいことなのか、国民の目からはよくわからない。四日市でもそうなのか。
このところ、三位一体論が議論され始めた。要するに、国から地方自治体への補助金を無くして、その分を丸投げして与える(その80%程度という考えもあるが)、そして地方交付金(地方交付税システムに基づくお金)を可能な限り削れないかということである。誰と誰の間で話? 損得は誰がするの? 大蔵(今は財務省)と自治省(今は総務省)の間の話さ。中央政府と地方政府の間のことで、従来は中央政府が国民から税として集めていたお金を、今度は地方政府に住民から直接集めさせて、その代わりその間の複雑なシステムをやめてしまおうという話である。
だったら、誰も損得なく、すぐ実行すれはよいのではないか。ところがこの実現には遠い道のりが予想されている。何故か。国が言うには、地方政府に一切委せるとムチャクチャな使い方をする心配が極めて大きい。それに、都道府県や市町村を地方政府とみるが、この中には大小の開きが実に大きい。千差万別の規模である。
こんな議論に皆さんはどう思われますか。馬鹿にされたもんだよ、地方政府は。こんな思いですね。しかし確かに350万人の人口を抱える横浜市から1000人にも満たない村まで3200余りの市町村や、都道府県も大小まであるとなると、さてどう考えるべきか。そこから合併ということがでているのか。
これは同様に、四日市市が市民活動に熱心な団体に市民から頂いている税金を、三位一体論と同じように丸投げしたらどうかという話も出てきて当然であろう。出てきた出てきたよ。市民分権! という言葉とともに。聖書ではないが、独特な言葉とともに、行政は新しい施策(早くやれとの市民の声に押されてが多いが)が出てくる。市民団体に税金(ここでは市税)を目をつぶって交付(これをひとまず丸投げと表現する)しても、ムチャクチャな使い方をしてしまうとどうなるか。丸投げした市職員の責任(最後は市長)が問われよう。だったら丸投げはやめておく。どの市民活動には実行しても良いが、どの市民活動にはやめておく方が良い、というのは現実難しい! だったら、今のままで良いのか。
国から地方へはいろいろな細かいルールを作り、地方交付金を与える一方、補助金の形で渡す。この2本建てでこれまで通りやっていくしかないと。
しかし四日市市はどうか。住民が直接自分の目で見ているではないか。ムチャなことをやれば住民が止めることが出来る。やっぱり、市民活動でどんどんとまちづくりを進めることこそ、住民が主役との意識も育てられ、かつ効率の良い社会が実現して、本当のまちづくりが初めて実現出来る。
勿論、道路をつくり橋を架け、さらに病院や学校の改築・改修は住民に出来ないので、これまで通り行政にその責任でやってもらう。こんな考えの方が多数派になりつつある。そこで地区市民センターの単位で、或いはNPO等市民活動団体のもろもろの活動について、従来方式の見直しをするときが来た。その第一段はこれから出てこよう。国から地方への税移譲の方も早く進めてもらいたいものだ。
10月17日夕刻のNHKテレビ「クローズアップ現代」という番組で四日市市が大きくクローズアップされた。それは大規模タンク火災への対応策として、大容量の泡放射砲を導入することを決めていたからであった。ご承知の如く、9月28日北海道十勝沖地震が発生し、苫小牧市にある出光石油タンクが44時間もの間爆発し、燃え続けたこと、その後さらに別のタンク火災が発生し、大量の泡消火剤の投入で鎮火したことから、地震災害と石油コンビナートの安全に関しての特集放映でのことである。
この放映直後から四日市市消防本部には多くの詳しい内容の問い合わせが続いた。コンビナートを抱える市民の関心がきわめて高いこと、そしてこの地震発生以前に、市は消火能力の極めて高い泡放射砲を米国から輸入し導入することを決めていたことに、安堵を示すものであった。
もっとも地震発生前に多度町の三重ごみ固形燃料(RDF)発電所貯蔵タンク爆発事故や新日本製鉄東海製作所ガスタンクの爆発事故が続き、大災害事故への不安がたかまっていたこともあった。
四日市市は本年4月内閣より構造改革特区の第1号認定を受けたが、この特区申請に際して、昨年8月アメリカでの石油タンク火災に際して、泡放射砲による一気大量の泡消火剤による効果的消火実績をもとに、この導入とからめて特区認定を強く求めてきた経緯があった。
総務省の消防庁は、最終でこの新しい消火器導入を認めなかったが(特区認定に対しての措置として)、市では独自に平成15年度予算で導入を決めていた。現実には発注・納入手続中であったが、その間に苫小牧の前記爆発が発生したのだった。
つまり、このテレビ放映は歓迎すべきものであった。しかし、市は苫小牧のタンク火災(第2次)直後には、いち早く市消防職員と防災担当職員を苫小牧市等に派遣して、急いで調査を済ませて帰ってきて(十分な調査は時期と時間的に出来なかったかもしれないが)、そしてすぐさま四日市のコンビナート事業所の防災担当者に集まって貰って協議をなすとともに点検調査に入った。こうした機敏な措置は、勿論安全対策の一環であり実施して当然なことである(やらねばならないこと)が、皆さんご存じでしたか。
ステークホルダー会議とはなんだろう。このごろはやたらと横文字ばかり。関係者揃い踏みの会議とでも言い換えておこう。名古屋市が実はごみを減らすために展開中の会議で、こうネーミングしている。
市民の代表、市民団体(消費者)、環境保護団体、企業(メーカー)、廃棄物処理事業者、企業団体、流通業団体、メディア関係、周辺自治体、そして名古屋市の関係者25人が勢揃いし、大学教授もコーディネーター、アドバイザーを兼ねてメンバーに加わった会議である(当事者会議)。
まず関係資料の提供から始まって質問事項の整理、対話討論さらに理念追究(循環型社会とは何か)、そしてそのような社会になるための施策の検討、さらに現実として市の対応処理への評価、そして今後の対策と何回も会議が開催される。その間にアドバイザーやコーディネーター役の仕切役による小会議や全体会議を、ときには2日間の合宿議論も組み込んで最終のごみ減量提言となる。
この型の会議は従来のものとどこが違うのか。審議会型は行政がごみ減量の具体的施策を主体的に実行するに際し、有識者と称する学者や市民代表を選んでメンバーにあげ、あらかじめ指針を示したうえで、目標と手段(方法)について提言を求め、この内容に添うように実施する。ここでは施策の企画から予算付けそして実行まで、行政はあくまでも主役で、これを実現する前提での市民参加方式である(提言で市民参加する形式の実現)。
しかし、真のごみ問題解決は、このような手法では不十分であろう。ごみを減らす努力は市民がごみになるような商品は買わない、或いは使わないよう努める一方、メーカーの企業も収益追究もさることながら、ごみにならない商品を開発するよう努力する、そして地域社会もごみを減らすための努力を住民運動として起こしていく。
要するに、行政に依存する形でのごみ減量を考えるのではなく、関係者それぞれが自分達でごみ減量に努め、その総体がごみ減量課題として把握して、これを実現することこそ本当に目的である(当事者の立場に立つこと)。
この認識の場合には、行政は、関係者がそれぞれに実践しなければならない行動の間の調整者であるかもしれない。いや主体者でなく調整者となる。
このような社会的課題の解決には、まさにステークホルダー会議からしか本当の解決策は生まれない。こうして従来型行政課題と解決方式は発想の転換が必要となる。まさに自治体の主人公は市民である(住民自治の実現)。これは突飛な考え方であろうか。いやそうではない。
現代型の株式会社においては、経営者は、所有者である株主に帰属する価値を最大化するよう行動することから、株主総会が企業の主権者であるが、情報公開の流れの中では企業の取引先、債権関係者も主要銀行のみならず重要な関係者であり、さらには製造される商品のユーザー、消費者もまた関係者となる。こうして企業も経営への影響はさまざまな関係者の意向も考慮した中で経営されている。この実状は中小企業ではまだ珍しい事柄であろうが、大企業や国際取引の多い企業では次第に多くなっており、コーポレートガバナンスのステークホルダー会議はこれから次第にふくらむであろう。
行政と住民の間もよく似ているのではないだろうか。
学校の問題、或いは教育の問題ほど、市政にとって重要な課題はないし、また頭を悩ます問題もない。週5日制を導入して子供達の学力は劣化しつつあるとのド派手な報道も目にする今日である。何が本当の課題なのか、どこに汗をかいて貰わねばならないのかをめぐって、激しいやりとりがある。そして少子化の波のなかで議論が展開されるのだから、ますますヤッカイである。
市内に小学校は公立で39校、児童数の推移は、昭和50年23,874人、昭和56年27,833人、平成元年21,009人、平成14年17,559人でこれはピーク時(昭和56年)の約63%である。わずか20年の間にである。中学校も20校で、同じ流れで生徒数は減少している。
一方、この20年間で世の中は大きな変化をとげている。その最大は「くるま社会」であり、今日の自治体合併の根源もくるま社会との見方もあるほどである。そして住民自治の流れはここ数年加速度的にすすみ、公立学校のあり方にも影響が大きなものがある。自己決定と自己選択、自己責任というフレーズが飛び交っている。
一方では、いじめや不登校児童が増加して、そこから学校選択(通学区の規制をゆるめることも含め)という言葉が保護者の間でも口にされる。文部科学省も平成9年に遂にこれまでの通学区域制度を弾力的運用に努めるよう教育委員会に通達するほどである。地域的理由や身体的理由などにより指定された学校に通うことの困難な子どもに対して、他地域への通学を認めようというものだ。そして市内の学校では、特色ある学校づくりが目標になり、学校選択制度の検討も始まった。
そして最近では、1クラス40人の定員枠も見直そうとの動きもある。いわゆる30人学級制の導入である。なるほど今日の子供達は家庭・地域からも毎日多くの外からの刺激や情報を沢山受け、一方学校で学び、遊び、そして友達をつくっている。その環境の基盤が40人から30人になれば、教師を囲んでの「小さな社会」のありさまも大きく変化しよう。少人数教育の良さが最も発揮されるところであろう。
しかし、良いことはわかっていても、40人学級から30人学級への移行には、当然教師の増員と教室の増加がすぐに必要となる。この二つの要件には必ず巨額のコストがかかる。これをどうするかである。
なるほど過疎地と言われる地域では、子どもの減少から当然に少人数学級が実現しているし、四日市市内でも地域によっては20人以下のクラスも珍しくない。しかし市全域でみると、30人学級実現には、国や県の予算手当がまず大前提となる。しかし、現時点では、国や県は手当出来ないと言っている。市町村の自己負担でやってもらう分には異議を唱えないと言う。それでも実現に意欲をみせる自治体が現れてきた。
さて、四日市市はどうするか。コストもほどほどにして、工夫と努力で、そして住民の理解と支援(協力)で出来るのであれば、是非とも他市町村に先駆けて実現して欲しいと願うのは住民誰しもであろう。さあ、考えよう、そして議論しよう!
四日市市の負の遺産、つまり前時代のつけは何ですか、土地開発公社の膨大な未活用土地とその負債でしょう、とよく言われる。それもしかり、だがしかし、本当の負の遺産は収入とまるでアンバランスな予算ではないか。ケゲンな顔もさもありなんとの顔もあろう。だって国政では41兆円しか税収が見込めないにも拘わらず、80兆円を超える予算になりそうと新聞報道である。どうする。貯金を使うのですか。いやとんでもない。貯金なんぞまるっきりありませんよ。それならばどうしてこんな予算を組むのですか。それは景気対策のために必要なんですと答える。借金地獄の中で! また来年度予算もですか。しかし公共事業をやってもやっても景気は良くならないではないですか。第一デフレは日本の専売特許でなく、ドイツ、イタリア、フランスでも、アメリカでもデフレ気味というではありませんか。
この話は数年前までは四日市もまったく同じであった。そしてその間、ドームそしてヘルスプラザ等と色々な施設がつくられてきたわけです。しかし、2001年三菱化学四日市事業所のエチレンプラントは操業をやめ、また駅前の松坂屋も閉店となり、ジャスコもまた郊外店を作るや駅前店は閉店し建物も取りこわしたのである。
時代が変わったのです。周囲の景色がまるで変わったにも拘わらず、従来あった景色を頭の中に入れて街を歩いてみても、本当のまちの姿はわからないのです。
ところで、土地開発公社が持っている沢山の未開発土地はどのように整理されるのであろうか。よくよくみると、この内容は新聞報道と少し違うかもしれない。つまり以前に公社の名前で買い込んで、予定通り当初の土地利用も実現されている。しかし公社から市が買い戻していない土地もあるのではないか。どうしてそんなことがあるのか、忘れていたのか。いや、違う。景気対策から他に資金を使わんがため、買い戻し手続を遅らせたものが相当ある。それは、世にいう「かくれ借金」ではないか。
四日市市も平成13年度よりこのような買い戻しをしていなかったものを計画通り五年間で処理しつつあるのです。
しかし大昔に買って、買い戻しが遅れているものを今は急いで買い戻しするとき、価格はどうなるんだろう。市が公社に代わりに買っておいてくれと頼んだものは、そのときの買値とこれまでの金利分は払わねばなりません。これが約150億ほどあると言われると、その分の大半は市の借入金が増えることとなる。
違う性質の土地もある。工業団地を造成して、産業誘致を図ろう、工場を引っ張ってこようと考えて買い入れた土地で、売れなくて残っている。こんな土地もある。その中には土地造成工事も未了のものも。そうして、まだまだ精算手続をこれからやらねばならないものがあり。前の時代の負の遺産は、どこの自治体も大なり小なり持っていて、今日の時代の首長さんは、それぞれに大変な苦しみの中にあるというわけです。借入金残高の返済に苦しむ中のひとコマです。
四日市市は住み易いまちなのか住みにくいまちなのか。どこと比較してどんな答えなのか。議会でこんな質問が出たようだ。
市長は四日市市は全国でも屈指の住み易いまちです、全国の地方自治体(市町村)の中でも5本の指の中に入ると発言した。これはどういうことか。
一方週刊ダイヤモンドという雑誌によると、四日市市は県内13市でも破綻度No.1にランクされ、全国695市のうち破綻度174位との報道があるが、一体どちらが本当かなのか。
いずれも事実ですといえば、ヌエ的答弁となろう。5本の指にも入る住み易いまちとの基準は、@便利な交通機関が通っていること A安くて豊富な食料品が手に入ること B温暖な気候であること C移住者がとけ込みやすいこと Dいざというとき、子どもや親戚が容易に駆けつけられること E病院や医院が複数あること F老人ホームが近くにあること、という七つの観点から全国のまちを比較検討した民間人グループが「年金で豊かに暮らせる日本の町ガイド」という書籍を出版し、その編集代表者が月刊雑誌「いきいき」8月号で、五つの最優秀のまちとして、四日市市をランクアップした事実からです。世間で言う団塊の世代がもうすぐに満60歳に達し日本の定年後の生活者もぐんと増加することを前にしての調査結果であることは間違いありません。
一方、週刊ダイヤモンドの報道も嘘ではありません。ただ破綻度というネーミングはいささか問題ではないでしょうか。要するに借入金と財政規模から、借金返済に苦しみ続ける度合いについて、一つの尺度から全国695の市の係数をひろった結果です。四日市市はその意味では健全財政度が低いということで、財政健全化がこれからの進むべき方向であることを示しております。全国174位との評価が大都市ほど、これまでのまちづくりへの投資から上位ランクされている実情からみれば、それほど悲観することではありません。三重県の13市はいずれ総合評価で、Aランク市は零、Bランク市が津、桑名、鈴鹿、…で、Cランク市が四日市、名張等です。週刊誌の報道は読者の目をそそる記事内容になりがちとの批判もあることを付記します。
一番肝心なことは、予算額のうち自主収入源がどれだけを占めるかであります。その観点で参考までに県内の自治体をみてみると、毎年の予算額(必要金額)のうち普通会計予算(税金でまかなう)では、川越町がトップです。すばらしい成績です。次はどうかと言えば、実は四日市市です。51〜52%の自主財源率(市民税がほとんどです)で、他の県内市町村はさらに悪く四日市市より下位です。
このことからみれば、四日市市は財政基盤の強いまちです。しかしコンビナート等市内産業活動や駅前商店街、さらに茶、万古、そうめんといった地場産業も活況から低迷といわれる昨今では、自主財源率も低下しており、これからの市政運営とりわけ財政面では予断を許さない面もあることは確かであります。このことから一層の行財政改革の必要が叫ばれてもおるわけです。
四日市の最近の市政は行革一本槍ではないか、こんな批判も出る。一方、行革と言っても、実は単なる事務改善にすぎず、いんちきであると議会で追究する議員もある。
本当はどうなのか知りたい。行政組織のあり方が現状のままでよいか、改めなければならない面があれば改革してもらわないと、市民即ち納税者としては承知できない。これは当然のことであり、いつの時代も、この種の改革努力はなされてきた(事務事業改善)。
しかし今日の時代は激動の時代である。かつての明治維新に例えられるほど、変化の激しい時代で経済も政治・行政もまた社会も大きく変わりつつある。この時代の行政改革は単なる事務事業改善にとどまるものであってはならない。そこで、全国の自治体はどこでも「行革」の努力がなされ、その嵐がふいている。
四日市市もバブル時代が終わるや否や行革の風は、大きく激しく吹いている。正規の職員の数も毎年60人ぐらいづつ減少し、給与や残業手当もこのところ減給が続く。さらに役所の仕事を民間にやってもらう部門も増え、民間にまるごと移してしまうこともやっている。しかしこの改革は、そのスピードと範囲がゆるやかであるほど、生ぬるいと評され、その効果も薄い。
一体何故に行革が求められているのかについて、さらに検討が必要ではないか。時代の変化に合わせての改革なのか。それならば3年前より市長専用車両も廃止して、経費節減に努力しているではないか。
行革は、財政健全化のために必要ではないか。この観点からの行革については、その前提の議論がトコトンまでなされないと前進できない。日本の国も、地方自治体も決して倒産しない。だったら、財政の立て直しも幻想ではないか。本当は無いのに有る有ると言っているだけではないか。そこで四日市市の財政状況はどうであるかが問われる。
結論から言えば、相当に悪い。良くない証拠の一つには前述の週刊ダイヤモンドの記事にあるように、要は市の財政状況は悪く、その健全化(立て直し)に大いに頑張ってもらわないと市民は困るのである。
この観点からの行革の必要は極めて大となることから、単なる行革でなく、行財政改革即ち財政面での改革も強く迫られることとなる。それは何か、妙案はあるか。この解答の一つが、四日市市の新しい予算編成方式の導入である。勿論職員の財政危機の認識も大切なことであり、市議会での議論や住民の認識も必要なことであろう。
四日市市では予算編成の見直し(これを改革と言ってもよい)で、平成15年度の一般会計予算から、前年度(平成14年度)とはうって変わって一変させた。従来の積み上げ方式から総額管理枠配分方式に。そして平成16年度もこの新しい方式で編成中と聞く。何故変えたのか、いや変えざるをえなかったか。
それは税収源と地方債残高(借入金)の増大、財政調整基金(貯金)の枯渇などで、収入の確保が困難になる中、福祉関係、経費の自然増や道路、下水道等の整備、そして防災対策や教育関係への必要な経費等で、従来方式つまり各部局よりの要求額の積み上げを財政部が査定手続で絞り込んでまとめる方式が採用できなくなったからだ。
必要な額は最低限(借入金を増やし、ぎりぎりの貯金もくずして)確保しようとの体勢から、あらかじめ予想できる収入見込額からどうしても必要なものを除外した残りの額を各部局にそれぞれ割り振って予算を作る方式にしようとした。当たり前ではないか。家庭の予算でも一緒だとの声に対して、国や自治体の予算はそうではない。 しかし必要な額はとり揃えて毎年の予算を作っていけば、借金が雪だるま式に大きくなるではないか。災害直後の状況(一般家庭で言えば家族の大病や結婚・葬式など緊急な大口出費)ならいざ知らず、平時の状況下では健全予算でないと困る。
しかしこの総額管理のうえでの枠配分方式予算の編成には、以下の心配が出てくる。誰がどんな枠配分率で行うのか、そしてどうしても必要な額(あらかじめ除外される)は何か、またこれを決める合理的基準は何かあるのか、といった要素である。それぞれが勝手気ままにやったときにはどうなるのか。
平成15年度新方式による予算編成にあたって、老人医療保険等の増加や保育費等の福祉関係費で出費が回避できないものや、借入金のローン返済額にあたる公債費は予想収入額よりあらかじめ除外するものに決めて、その残りの額(総額)を、各部局に過去の実績額を参考に割り振って配分をした。
しかしここでリトマス試験紙のような、一種の行政評価表の基準からはみ出さない中での編成をしなければならないというルールを作った。これは行政の事務事業は本来の目的(使命と言い換えてもよい)は何か、その達成段階も含めてを丹念に各部局で検討し、項目毎に一覧にする、そして一方ではこの目的に適った成果が毎年出されているか成果の検証も同時に行い、これらの一覧を基準にして従うルールとする。
いま流行の行政評価システムの一種で、四日市では業務棚卸行政評価方式と呼んでいる。この評価基準を厳守する中で、予算編成を各部局が配分された額の中で行う方式である。この評価システムは過去3年間、人事評価や組織の見直し評価を積み重ねて一応仕上げてきたものであった。この業務棚卸表を予算編成に活用しての新方式予算編成ということだ。勿論この基準は市民へも全面的に情報公開済みである。
この方式では借金の雪だるまは作りたくてもできない。しかし効果はそれだけか。市役所の職員全員が予算編成にかかわることになり、いわば全員が市長や経営者の感覚でやらねばならないこととなる。意識改革そのものが起こる。しかも人件費も枠配分の中に入れるとなると、効率的な働きはどうあるべきか、自己管理的要素も出てくる。
バブル崩壊後は、どこでも懸命な努力で経営立て直しや組織の見直しがなされてきた。役所も遂にここまで来ているのだ。しかしこの方式は四日市市が日本で最初だと聞くが、国家予算とか都道府県や大都市ではどうなっているのだろうか。景気を良くするとか、経済の立て直しのためには、この種の予算方式は採用されないのであろうか。考えさせられる問題であろう。
本年8月21日から4日間、四日市けいりんは、これまでの50年来の歴史に新しい1ページを開いた。ふるさとダービーである。今では全国47けんりん場で、強くて有名な選手が集まって、特別のレースが展開される「特別けいりん」が行われる所は、その売り上げも大きく、従って収益も上がることとなり、成績も良い。四日市けいりんでは、世の中の景気が良好なときには、このような特別レースを1回も開催しなくてもそこそこの売り上げがあって利益を出していた。しかし不景気が10年以上続き、デフレ時代となると、四日市けいりんも赤字続きとなった。さてどうするか、廃止すればよいのではとの声も出た。
元来公営ギャンブルとまで言われる事業を役所が何故やるのか(利益が上がるときには是認されようが)。しかし実は勝手にやめることは出来ないのである。現に二つのけいりん場(主催者)の自治体が、廃業を関係機関の諒解なしに宣言したとのことで、損害賠償の裁判を起こされている。こうして四日市けいりんの経営上の悩みが始まった。20億30億と廃業資金が必要だが、その積立が全くない。どうするかの最初は、何故赤字となるか、大きな売り上げが期待できないのは何もけいりんに限らない、どんな事業でも同じではないか。とすれと低い売り上げで黒字に出来ないか、従業員の手当は適正か、さらに経営方針は、そして設備の老朽化はないか。これらの問題が真剣に論議された。その結果特別レースが誘致できないかが大きなポイントであるとの結論になった。
これまで全く誘致して来なかったのは何故か。簡単に誘致できる状況に無いことも判明した。1回だけ誘致に成功しても、あとが続かなければ回復できない。実は誘致の秘密は思わぬところにあった。それは徹底した経営改善の実行である。けいりん事業を行う全国どこの自治体も例外なく赤字経営脱出に懸命であり、特別記念レースはどこもノドから手が出るほど欲しい。とすれば競争(誘致)は激化して、これまでの開催実績のあるところほど有利である。とするとわが四日市は極めて不利である。絶望的でさえある。
しかし苦しむ自治体の中で、本当にこれからも続けていこうと意欲に燃えて、その経営改善に血のにじむ努力をしているところには、今後のけいりん事業の展望という観点からもビッグな記念レースを開催して、その努力に報いなければならないとの判断が関係機関に生じてきた。
四日市は苦しい中で、バンクの改修、ナイターけいりん設備、そして新掛式ソフトの導入など最新の設備投資をする一方、諸経費の削減に大胆なシステム改革を断行した。この実績を踏まえて、ふるさとダービーが本年実現し、さらには来年5月9日全国競輪選手会主催全プロレースも誘致できたのである。これは大いに参考になろう。
市立病院の評判はなかなか良い。その医療レベルが高い、看護婦さん(今は看護士という)の応対も良い。しかしながら、待たせられるなぁ。それに入院するとわかるがきれいではない(汚いとは言わないが)、こんな声を良く聞く。
どうしてだろう。まわりの病院(公立も私立も)が新築改装が多いからだろうか。市立病院の建物が古いだろうか。いや、そんなに古くはないのでは。
この原因は6人部屋にある!6人部屋は相部屋なんだが、どうも評判は良くない。それもそのはず。一つの部屋の真ん中は通路で、両側に三つのベッドが並ぶ有様は容易に想像がつく。窓際と入口側(廊下に面する)、そしてその間はカーテンに三方仕切られる合計三つのベッド、それが2組で6人部屋となる。
この相部屋は、真ん中のベッドに入院したことのある人達にとっては、その入院生活は決して快適ではなかったであろう。壁とカーテンだけで、狭くて面会人とも対面で話がしづらい。そうして今どきこんな状態なのか。他の市内の公立病院にはもう少ないのでは。市立病院にはこのような6人部屋が今も56室あるのです。もっとも、最近では、なるべく真ん中のベッドを使わないようにしているが、入院患者が多いときは別。
ところで、、市立病院の病床は全部で568床であり、その約6割が6人部屋となる。その他に5人部屋、4人部屋、2人部屋、個室、さらに新生児室等がある。
成熟社会とかアメニティ(快適さ)の追求と言われる時代に、何と情けないと強く非難も受けようが、病院がよく繁盛していることから、今日までこの状態が続いているといえる。では、どうするか。市当局も病院の院長をはじめ、幹部も頭を悩ませている。病院経営にきゅうきゅうとしている実情だ。人件費も嵩む、新しい医療器具は入れたい、やれ救急医療も、難治性患者への対応も…。
これからの病院の姿は、基本的に個室もしくは2人部屋であろう。そして出来ればトイレやシャワー室も部屋の内側にセットされて。そんなぜいたくなことは、個室特別料金(差額ベッド代金)をもくろむもので、許されないといった様々な議論の渦中にあることは事実であろう。しかしいつまでも議論の渦中では困る。英断、決断が待たれる。その際、大事なことは、財政見通しと経営改善面への配慮と時間とのたたかいの面である。新しい土地に、新装の立派な総合市立病院棟、これが理想であろうが。とりもなおさず6人部屋の解消は一日も早く! これが今日の急がれる課題である。
愛知県は平成16年度予算編成に際して、公共事業3%、行政経費15%削減を基に編成と発表した。この種の記事は珍しくない。どこもかしこも同様なのだ。上記発表では、両削減で95億円を浮かせることが可能と試算まで公表している。
問題は行政経費15%削減である。おそらくその計画内容は良い評価となるであろう。職員の削減(定員退職者等前年度退職者数より大幅に新規職員の採用を減らして)、残業手当削減、物品購入費や電気代、紙代等の削減そして事業の民間委託を増やすこと。
そして同時発表した知事特別職給与のカットおおむね2%でわかるとおり職員給与のカットであろう。これは国家公務員の給与が人事院勧告でカット2.07%されることと連結するものであろう。こうしてみてくると、行政改革の内容はどれもこれも変わりばえしない。これで本当の改革は進むのだろうか。
わが四日市でも、この6年間で実に400人余の正規職員の削減は敢行され、民間委託もすすみ、希望の家も民間の社会福祉法人に移管された。残業手当や電気代、紙代もISO14001導入によってその削減は加速効果も出てきた。
しかし、市財政のやりくりは楽になっていないようである。これは一体何か。根本的施策の欠如ではないのか。世にいうリストラではない。公共事業の削減も手ぬるいのか。問題の秘密は予算編成方式にあろう。歳出見込額を毎年積み上げてこれに歳入額を合わせて単年度方式で毎年予算を編成する限り、真の行財政改革は困難であろう。このことは識者がこれまで指摘してきたところだ。歳入見込額を大前提に歳出予算を作り上げるべきであろう。
ところで国の予算編成、16年度情勢をみてみると、マスコミ報道によれば、前述のように、歳入見込み41兆円で80兆円台の予算を組むとのことである。借金が39兆円以上となるとのことでこれはおそろしいと言えばおそろしい。まだ右肩上がりのままではないか。だから前年度借入金額を上回る借り入れをやることとなろう。
国も自治体もその会計の中で必ず出てくる項目に借金返済額が毎年ある。自治体では公債費と名称をつけたので、国民や住民はよくわからない。国債など借金の毎年払う借金返済額総額(ローン返済額)を上回る借り入れをすれば、借金残高はどんどんはね上がる。
これを逆に、支払利息も元本も合算した借入金総額を、返済額総額を上回らない額にとどめるとき、負債総額は初めて増加が止まる。この大前提を守ることをプライマリーバランスを維持するというが、これが真の財政規律ではなかろうか。
四日市市ではこれを守るために必死の努力をしてきた。過去の負債の増大や土地開発公社の負債の整理など、大変困難な状況の中で、財政規律を守ることは至難ではない。しかし、これを維持する方針こそ肝要であり、今回予算編成方式も大転換をしたことで、本当の行財政改革が緒についたといえるのではなかろうか。
因みに国はこれを2010年に達成すると言っている。はたしていつ実現されるのであろうか。右肩上がりの経済が再びやって来ない限り、負債増の流れを止めることこそ肝要で、これしか将来の財政展望はないのだ! となると年金問題にも明るい展望はなく、増税の心配ばかりが先に立つこととなろう。
「四日市の本当の人件費はいくら?」 こんな新聞記事の見出しが目についた。正職員の普通会計(特別事業、例えば病院等の会計分を除いたもの)を対象にした人件費は公表されていたが、嘱託や臨時職員分も特別会計の分も加えた総人件費が318億円との公表が議会であった。そしてこの額も前年度(2001)より本年度(2002)の方が減額となっていることも。しかし総職員数は増加していると。
実体はどうか。平成9年度の正規職員定数は3,379人であったが、平成15年度は3,039人となり、340人減となるが、実数(予算編成上必要な定数と違って)となると、9年度は3,343人で15年度は2,974人で、実に369人減(率で11%強)で、行政では6年間の減員率としては悪い数字ではない。しかしその分臨時や嘱託職員が増えていては評価も変わると、議会質問も出たようだ。
だが人件費は減っている。人件費の減少は今日のご時勢では当然と言えば当然である。人事院も、このところ公務員給与の減額勧告を続けてきているが、国家公務員にならって地方公務員も順次これに従うのが通例である。従って四日市の場合は、さらに人件費はこれから減少に向かうであろうが、これより大きく収入減(税収減)があると、単純には喜べない。
一体役所の義務的経費(人件費、扶助費、そして公債費)はどうなっているのか、そしてこれと対照をなす投資的経費はどうか。これはグラフ(「目でみる市政報告」→「2003年12月」)を見ると一番よくわかる(但しこのグラフの人件費は普通会計分のもの)。大変厳しい内容で、この状態からの脱出も景気の低迷下では容易ではない。
自治体合併の話はわかっているようで、少し自分の頭で考えてみるとよくわからない難しい問題だ。ものすごい大きな都市になると例えば名古屋市のようになると、地下鉄も作られ大きな建物がずらり並んで野球場や劇場そのうえ新幹線も。しかし生活の場所としてみればよくわからない。第一、隣接の市町が名古屋市と合併するとかしたいといった話は聞こえてこない。やはり具体的にならないとその良し悪しは比較もできずわからないというほかない。
四日市市と楠町の合併はどうなのか。隣同志であるが、人口は29万6000人と1万1000人で大差がある。公立小学校も39と2校、中学校は20対1である。しかし学校給食は楠町では中学校も実施と聞く。住民票や諸々の行政機関の証明証の交付手数料は両者で差異があり、また水道使用料等も違うようだ。市長、助役等と町の三役との給与額も、さらに市会議員36人と町会議員17人の給与額も大きく異なるだろう。このようなさまざまな違いを、合併で一つの自治体になるときには同じか調整額に決めなければならない。市の名称や市役所の位置は四日市市に仮決めのようだが。地名も三重郡楠町はなくなり、四日市市楠○○町となることも。議員の任期はどうなるのか、そしてその数も。法定合併協議会がもう既に動き出しており、この場で決まっていく。そして最後は市議会と町議会で議決となって本決まりになるようだ。人口が30万人を超えるとどうなるのか。それは合併が正式に実現(県・国の認定)すると、初めて30万人都市となり、それから申請して中核市の待遇を受けることとなろう。しかしこれもその認定を受けてからだ。
中核市と認定されると、県知事が持っている権限の70%ぐらいが市長に移ると言われているが、その最大のものは何であろうか。先のことであるが、保健所が県から市へ移ってくる、建物や名称だけでなくて権限も。母子手帳も早く貰えるようになり、また食中毒でも起これば市の保健衛生課の仕事に、さらにごみ処理をめぐっての権限も移るようだ。さらに事業所税も市に徴収権限がくる。
このように合併が平成17年3月末までに完了するとき、現行の法律による特典もあると聞く。この内容は、特例として特別の借入金(国が借入額の70%を将来返済のとき代わって払ってくれる)が向こう10年間一定額出来るようになる。さらに合併に伴い特別に生じる諸費用への支援金も一時金だが出るようだ。
こうしてみると四日市市民と楠町民にとっては、今回の合併はトータルで進めたほうが得策と判断されよう。反対する人も皆無ではないが。
最近、以下の要望書が四日市商工会議所より市へ提出されたようだ。
郊外の大型店や車社会の進展等により、中心市街地への来街者数は年々減少傾向にある中、当市においても、平成13年5月に「松坂屋四日市店」が退店並びに「アムスクエア専門店街」が一時休館、その翌年1月には「ジャスコ四日市店」が閉店・更地化されるなど、かつての県下最大の商業都市四日市の顔としての中心市街地の機能が失われつつあります。
大きな集客力を失った現在、地権者・商店街関係者・地元自治会・市民団体等により、中心市街地の再生に向け、懸命の努力を続けているものの、未だに後継テナント誘致や再開発計画の決定までには至らず、模索の状態にあります。
このままでは、中心市街地の更なる地盤沈下を招くことも懸念され、市中心市街地活性化基本計画の「来街者を増やす」「居住者を増やす」という基本方針にも、また市の財政に対しても大きな影響を及ぼすことが予想されるなど、当市の将来計画にも禍根を残すことが考えられます。
こうした中、四日市市におかれましては、既に「四日市市企業立地促進条例」の施行により、当市産業経済の振興に成果をあげられておりますが、「四日市市中心市街地活性化基本計画」の中でも、新たな活力の創出と商店街の方向転換として、高次商業施設の趣旨に合致する後継テナント誘致に向けての誘因策として、立地奨励金の交付について、ご検討されているやに聞き及んでおります。
つきましては、「四日市市企業立地促進条例」の対象となる事業者に商業者等も加えるなどの弾力的な運用を賜るとともに、税制面や都市計画面での諸施策を、早急に講じられますよう、ここに要望します。
駅前商店街の活性化或いは空洞化防止への対策はどこのまちも緊急課題となっている。四日市市に限ったことではないが、地方都市それぞれがどのような再生策を見つけ出すかは住民の最大関心事でもある。
ここに書かれている企業立地促進条例は平成12年度より施行され、成果も出ているようだ。してみると、対象事業者の拡大は大きな財政負担を伴うようであるが、積極的に考えねばならない。しかしこれはどこまでどんな範囲でということを巡って内部では激しい議論がなされているようだ。もっとも市民の間でも議論されているだろうが。
肝心なことは、従来のような物の販売で駅前に人を集めるという手法は見直されているようで、では他に集客の手法は何かが難しい問題であろう。もっとも財政面での裏付けも容易ではないだろうが。居住者を増やそうとなれば駅前マンションが建ち並ぶことだろうか。駐車場の問題も出ているのかもしれないね。容積率の変更とか、固定資産税や都市計画税の減免といった問題から始まるだろうが。